ケンタッキーの農場で始まった親子野球物語

文: T.R. Sullivan / MLB.com

訳:二村健次

 

1974年、チャック・ロス氏はブリューワーズにドラフト2位で選ばれた。出身校はケンタッキー州のテート・クリーク高校。有望キャッチャーとしてスカウトの目を引いた。しかし、後にオリオールズにトレードされ、一度もメジャーのフィールドに立つことなく、引退を決意した。

「オリオールズの春キャンプでいい成績を残したのにも関わらず、父はマイナーに落とされました」。レンジャーズの中継ぎ投手ロビー・ロス選手は、そう父親のことを語った。

野球を諦めたロス氏はケンタッキーに戻り、農場の仕事をしながらリモデルの事業を興した。そして、果たせなかったメジャーの夢を託すかのように、息子達に野球を教えた。4人いる息子の中でも、左腕の長男ロビーに期待を持った。

「父は小さい頃から15歳になるまで、コーチをしてくれました」

ケンタッキー州レキシントン市郊外にある人口2万8千人のニコラスビルという小さな農業の町で、ロビーは育った。ケンタッキーといえば競馬でも有名だが、競走馬はこの地域で生まれ、育てられる。その他、ワインの産地としても知られている。一家はそこで約13ヘクタールもある農場を経営しており、その広い土地でロス親子は野球に明け暮れた。

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ロビーは昔を振り返りながら言う。「球を受けてほしいと思った時は、必ず父が『俺が受けてやる』と言ってくれました。でも、長くかがんだ体勢でいるのは無理だったので、辛くなるとバケツを持ってきて、その上に座って一日中受けてくれました」。

ロビーは父を尊敬して止まない。「父は神の教えの通り人生を歩んできました。自分の欲に走るのではなく、いつも神の教示に従って生きてきました。諦める姿勢は絶対に見せず、家族のために働いてきた。しかし、子供と過ごす時間は欠かすことは一度もありませんでした」。今でもオフになると、親子は共に長い時間を過ごす。ハンティングにも一緒に行く仲だ。

ロス親子は同姓同名だ。2人ともロバート・チャールズ・ロス。今年の春キャンプから、ロビーは父親を讃えるため「Jr」を苗字の後に付けた。同じ名前を持っていても、自分はジュニア、父親はシニアと区別を付けたかった。それは自分を育ててくれ、野球を教えてくれた父親を尊敬している象徴になる。敬虔なキリスト教徒のロス氏は、息子のロビーをキリスト教系の私立高校に通わせた。そこでロビーは今の奥さん、ブリトニー夫人に出会った。小さな高校の野球部だったが、彼の才能はスカウトの目を引いた。ケッタッキー大学からも奨学金の話があったが、2008年のドラフトでレンジャーズに2巡目に指名され、プロの道を選んだ。

プロに入ってからも、オフになるとロス氏は息子の投げる球を受けていたが、段々プロらしい球筋になってきたボールを受けるには限界がきた。「あれだけ力強く投げられたら、もう無理だよ」とロス氏は言う。バケツに座って球を受け続けたロス氏は、息子の成長ぶりに目を細めた。

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