Locked In

乗りに乗っている

 

 

先日、通算2500安打を達成したエイドリアン・ベルトレ選手は快挙を遂げたあともずっと好調を維持している。チームの打線を一人で引っ張っているかのようだ。 ベルトレ選手を、年をとるにつれて良い味をだすワインに例える人も多い。次々と主力選手が倒れ、チームメートが毎日のように入れ替わるなか、彼はこんなコメントを残した。

 

「 どんな状況に置かれても、試合に挑む姿勢は変わらない。自分のロッカーの隣に誰が来ようが、誰がいなくなろうが、自分は求められている仕事を毎試合するだけだ」

 

Beltre 2500th Hit

(2500安打を達成し、タイガースのカブレラ選手から祝福を受けるベルトレ選手)

 

このぶれない考え方がベルトレ選手をここまでのプレーヤーに育てあげたのだろう。しかし、最近のベルトレ選手の活躍ぶりは際立っている。このように乗りに乗っている時に、このような表現を使う。

 

He’s locked in.

 

辞書で調べてみたら「閉じ込められた」や「金縛りにあった」と書いてあるが、この場合は少し違う意味だ。同僚に聞いてみてもこの表現の由来は分からなかった。推測だが、時計の歯車が合う時に「ロックイン」されると言う。いくつもの歯車が合って、はじめて時計が動くように、何もかもが上手くいっている時を指す場合も同じ表現を使うのかもしれない。もう一つは、よく「ゾーンに入る」という表現を聞くが、そのゾーンに自分を「閉じ込める」ことが由来になっているかもしれない。

 

ダルビッシュ投手がメジャー初の完封を成し遂げたゲーム中、マダックス投手コーチが、エースの投球を見て感心しながら

 

「Wow, he’s locked in」

 

と言ったのを思い出す。

Cut the cord!

忘れろ!

 

 

メジャーの選手が一つのチームで選手生命を終えるというのは遠い過去の話。今年引退するヤンキースのジーター選手や去年引退したロッキーズのヘルトン選手は天然記念物のように讃えられる。ヘルトン選手は17年間、ジーター選手は20年間同じ球団でプレーしたことになる。フリーエージェント制度が確立された後、選手が色々なチームを転々することは日常茶飯事となった。

 

クラブハウスでこんな光景を見ることがある。ある選手が昨年まで所属していたチームの試合がテレビ中継していると、その選手は足を止め「皆どうしているかなぁ」と思いふけりながらじっと見ている。それを見ているチームメートがこんな事を言う。

 

「Cut the cord!」

 

「縁を切れ!(お前は今このチームにいるんだ)」と訳せる。直訳すると「コードを切れ」になり、この「コード」は「へその緒」を表す。もちろんへその緒は親と子の縁の証。ニュアンス的にいえば「過去との縁を断て」ということになる。

 

    Kinsler     Kinsler fan

(今年オフトレードでデトロイトタイガースへ移籍したキンズラー選手と、彼のTシャツを着て観戦に来るファン)

 

ファン同士が言っているのを聞いたこともある。去年までレンジャーズの二塁手だったキンズラー選手はファンのお気に入りだった。彼のTシャツを着て応援に来るファンは未だに少なくない。しかし気持ちの切り替えの早いファンは

 

「Cut the cord!」

 

とキンズラーファンに言う。「未練たらしいぞ、そいつの事は忘れてしまえ!」という意味合いだろう。日本と違い、メジャー選手の入れ替わりは早い。一年経てば全くチームがガラッと変わっている場合もある。ドライかもしれないが、これがメジャーの現状である。

 

もちろん失恋した男性や女性が未練がましい態度をとっていても使われる言葉だ。

No es la flecha. Es el indio.

弘法筆を選ばず

 

 

日本の2軍選手と違い、マイナー選手には充分な道具が与えられない。春のキャンプでたまに見る光景だが、メジャー選手がマイナー選手にグローブ、バット、スパイク等をプレゼントすることがある。マイナー選手は、サンタからクリスマスのプレゼントをもらったかのように大喜びし、心からメジャーの選手に感謝する。メジャーとマイナーの距離はいろいろな面で遠い。

 

今年はけが人が続出し、沢山の新人がマイナーから上がってきた。もちろん契約によって差はあるが、選手はメジャーにあがったら充分な道具が支給される。今日はある新人の野手に、メジャーに上がってから初めてバットが届いた。バットが入っている箱を開ける時の顔は、まさに小学生そのもの。一ダース入っていたバットを1本1本取り出し、念入りに性能を確かめ、満足そうな様子を見せていた。あまりにもうれしかったのか、すでに一回チェックしたバットを、再度1本ずつ握りはじめた。12本目にたどり着くのに、10分はかかった。

 

それを見ていたベルトレ選手は、新人のロッカーを通り過ぎるなり、一言

 

No es la flecha. Es el indio.

 

と言った。「矢ではない。インディアンだ」というスペイン語の諺だ。優れたインディアンはどんな弓矢を使おうが、必ず獲物を仕留めたことから由来している。日本語の諺では「弘法筆を選ばず」になるだろう。どちらも「大切なのは道具よりも腕」という意味になる。ベルトレ選手のように超ベテランで、今なお活躍している選手が言うと説得力がある。笑いながら通り過ぎて行っただけだが、実は大切なメッセージを新人に与えたと思った。

 

Beltre 08:17:14

(トップレベルで活躍するメジャー17年目のベルトレ選手)

 

メジャーに昇格したからといっても、そこに残れる確率は少ない。ましてや5年、10年、15年もこの世界に残ろうと思ったら、毎日のように腕を磨かなければ実現できない。信じられないかもしれないが、15年以上のベテランが、若手に技術のアドバイスを受けている姿を何度も目撃した。これには感銘を受けた。ベテラン選手が若手に学ぶ姿勢、常に新しい技術を身につけようと見せる貪欲さには見習うべきものがある。

 

ベルトレ選手が言った言葉には、こんな意味も含まれていたのではないか、と深読みをしている。

 

ちなみに英語の諺は、下記の通り。

 

A good workman does not blame his tools.

Dog Days

テキサスの暑い日々

 

テキサスの暑さは尋常ではない。一昨年は華氏100度(摂氏38℃)を超える日が30日以上続いたという。今年はまだそこまで暑くないにしても、選手達は半袖、半ズボンで練習をし始めた。これからもっと暑さは増すようだ。

 

これは野球に限らないが、7月から8月にかけて猛暑が続く期間を

 

Dog Days

 

という。「犬の日々」と直訳される。暑さをしのぐため、自然と舌を出してしまう犬に連想されたのだろうと思い、確認のため調べてみたら見事に予想は外れ、その由来はなんと古代ギリシャまで時代がさかのぼった。ちょうどこの時期に天狼星が夜空に見える。天狼星は大犬座の一つの星。そして大犬座はラテン語で「Canis Major」、英語で「Dog Star」と呼ばれていることから、この言葉が生まれたようだ。

 

Relievers running

(この暑い時期、試合前の練習は半袖半ズボンで行われる)

 

野球で使われる「Dog Days」は、もう少し意味が深い。もちろん「暑い」という意味が含まれるが、後半になり選手に疲労が溜まり始めてくる時期でもある。「体力的にも精神的にもタフな時期」という意味で使われている。

 

そうでなくても今季はレンジャースにとってタフなシーズンとなってしまったが、若手はこの時期にバテることなくアピールし、来シーズンにつなげてほしい。

 

Mendez & Feliz

(ファンサービスをしているフェリス投手に水をかけるメンデス投手)

Bread and Butter

持ち味

 

 

リベラ投手のカッター、カーショー投手のカーブ、リンスカム投手のチェンジアップ、そしてダルビッシュ投手のスライダー。名投手と言われるピッチャーは、代名詞となる球種がある。その武器で三振やゴロでアウトを取ることから 「アウトピッチ(out pitch)」 とも呼ばれる。その武器が選手の生命線となり、生計を立てていることから

 

Bread and Butter

 

とも呼ばれる。「Bread」はパン。「Butter」はバター。つまり、カーショー投手の場合、カーブで三振を取り、勝利を挙げ、サイ・ヤング賞を受賞し、年俸が上がり、そのお金でやっと食卓にパンとバターが並ぶ。年俸30億にふさわしいパンとバターがあったら一度見てみたいものだが。その昔、仕事の報酬はお金でなく、パンやバターの食料をもらっていたため、この言い回しが生まれたようだ。もし、日本語に同じような表現があったら、以下のようになっていただろうか?

 

「ダルビッシュ投手のスライダーは彼のご飯とみそ汁だ」

 

しかし、ダルビッシュ投手の投球の魅力は、日替わり弁当のように内容が違うことかもしれない。多球種を操るダルビッシュ投手は、登板によってスライダー、スプリット、カット、ツーシーム、フォーシームがその日のご飯とみそ汁になり、他の球種がおかずになる。

 

Darvish Delivery

(色んな球種を自由自在に操るダルビッシュ投手)

 

この言い回しを聞いたのは、先日、選手たちが食堂でPGAのゴルフ中継を見ていた時、タイガー・ウッズがことごとくパターを外していたのを見て、ある選手がこう言った。

 

「That’s his bread and butter!」

 

「タイガーの生命線なのに!」と訳せるが、ニュアンス的に「(パットは)タイガーの持ち味なのに」と聞こえた。実際、日常会話でこの表現を使う場合、「持ち味」「長所」として使うことが多い。

Curveball

予期せぬこと

 

 

試合前の打撃練習の時、ピッチャー陣は外野で球拾い(シャグ)をしている。一見ぼーっとしているかのように見えるが、選手同士の親睦が深まる、とても貴重な時間だ。私もこのシャグに参加させてもらっている。先日、左のスペシャリスト、コッツ投手と話していた時のことだ。私事で彼に悩みを打ち明けたら、彼は一言、

 

Life throws you a curveball all the time.

 

と言った。「人生はいつもカーブを投げてくる」が直訳だが、「人生は予期せぬ出来事ばかり」が妥当な訳だろう。さすが野球王国、アメリカ。この国の英語の中には野球に由来する表現が豊富だ。しかし、コッツ選手が言うと説得力を増す。2002年に始まった彼のプロ野球人生は、たくさんの怪我に悩まされた。2005年、シカゴ・ホワイトソックスの優勝に大きく貢献、その後もスムーズにプロで活躍できると思っていた。しかし、マイナー降格、トミー・ジョン手術、腰の手術と難関をくぐることになる。ほぼ4年のブランクを克服し、昨年メジャーのマウンドに復帰した。最初は左のワンポイントとして起用されたが、右打者、左打者構わず抑えることが評価され、1イニング任されるようになった。昨年の成績は57イニング投げ、防御率わずか1.11に終った。今年の彼の成績は昨年ほどパッとしないが、貴重な左腕のリリーフとして評価は高い。

 

Cotts

(コッツ投手、背番号56)

 

思った通りに行かないことを、代表的な変化球「カーブ」で例えている表現だ。今年のレンジャーズは予期せぬ怪我で悩まされている。どんな変化球であれ、打って返さなければならないが、野球の神様はレンジャーズに容赦なくカーブを投げ続けてくる。

 

その他に、この表現を聞くのは、男女関係の話の中だ。「女心と秋の空」というように、女性の移ろいやすい心に、男性は古今東西悩まされている。私も例外ではない。予期せぬ女性の言動に惑わされるごとに、男性は

 

She threw me a curve.

 

「またカーブを投げてきたよ」と言う。男性は純粋なのでストレートを待っているが、何故か女性は変化球を投げたがる。

Players Win Games, But Teams Win Championships

選手が勝ち取る一勝、チームで勝ち取る優勝

 

 

明日、ニューヨーク州、クーパーズタウンで野球殿堂の表彰式が行われる。人口1800人の街に、今年はなんと4万人がセレモニーのために来訪するという。殿堂入りするメンバーを見れば、それも納得がいく。選手では、ホワイトソックスの元主砲フランク・トーマス氏、ブレーブス黄金時代を支えた二人の元先発投手トム・グラビン氏とグレッグ・マダックス氏。監督では、ブレーブスの黄金時代を築いたボビー・コックス氏、アスレチックスやカージナルスでチームをワールドチャンピオンに導いたトニー・ラルーサ氏、そして常勝ヤンキースのブランドを作りあげたジョー・トーリ氏だ。

 

私がこの仕事をドジャースで始めた時、監督はトーリ氏だった。2008年、フロリダ州ベロビーチで最後の春のキャンプを迎えたドジャース。そこでの年頭の挨拶でトーリ氏は、こんな言葉を選手達に伝えた。

 

Players Win Games, But Teams Win Championships.

 

訳は上記の通りだ。試合は個々の選手の活躍で勝ち負けが決まることが多い。ヒット一本、ホームラン一本で決まる試合もたくさんある。投手が圧倒的なピッチングをし、チームに白星をもたらすこともある。しかし、長いシーズンを考えれば、「優勝」という最終ゴールにたどり着くにはチーム全体の貢献がない限り不可能だ、ということだ。

 

12年間ヤンキースの監督を務め、そのうち地区優勝を10回も果たした。6回ワールドシリーズで戦い、頂点に達したのは4回。そんな履歴を持つ監督がいう言葉は一つ一つに重みがあり、説得力があった。若手が多かったドジャースの選手達は監督の言葉を信じ、その年も翌年も地区優勝を果たした。

 

監督として名を揚げたため、現役時代の活躍が影を潜めてしまったが、60年代から70年代にかけて18年間プレーし、その半分の9回もオールスターに選出されている。1971年には最優秀選手賞も獲得しているほどだ。その年は打率.363という驚異的な数字を残している。この写真をご覧の通り、日米野球にも参加した。

 

Oh_Torre

 

一つ、トーリ氏に関する逸話を紹介したい。3年間ドジャースで一緒に仕事をさせていただいたが、数知れない会話は興味深く楽しかった。ある日、試合前の練習中にベンチで二人だけになった時のことだ。

 

「監督、今、このチームに将来監督になると思う選手はいますか?」と聞いてみた。少しフィールドを見回し、二人の名前を挙げた。そのうちの一人は、今年からタイガースの監督に就任したブラッド・オースマス氏だ。もう一人はまだ現役を続けている。もしその選手が将来監督になったら、トーリ氏の先見の明に脱帽する。

 

ほんの少しの期間だが、一緒に仕事ができたことは光栄である。野球殿堂入りを心から祝福したいと思う。

 

 

 

 

 

 

El Caballo

男の中の男

 

 

今回のブログでは、スペイン語の言葉を一つ紹介したいと思う。「Caballo(カバーヨ)」とはスペイン語で「馬」という意味だ。クラブハウスでラテン選手同士が挨拶を交わす時、

 

¡Hola, caballo!

 

とよく言う。直訳は「こんにちは、馬」となる。実はスペイン語の中で使う「馬」とは、男性が他の男性に対する敬意を表した言葉なのだ。特にメジャーの中で使われる「カバーヨ」は、皆からリスペクトされる選手を指す。長いイニングを投げる先発投手、ピンチをしのぐ中継ぎ投手、チャンスに強い打者、そして決定的なのはその選手の人間性だ。いくら素晴らしい選手でも人間的に尊敬されていなかったら、カバーヨのタイトルは獲得できない。

また、「馬力」がパワーを示すように、「馬」という言葉は「力」を連想させるため、パワーヒッターを指すこともある。他にも、「馬」は長時間走れることから、スタミナや持久力のある選手を表す時にも使う。英語では「stud」=「種馬」が同じような意味で使われる(もちろん女性から人気のある男性もだが)。

 

人から信用され、人望の高い人は

 

Es un caballo

あいつは男だ

 

と言われる。他にも、上品で教養のある「紳士」は、英語では「gentleman(ジェントルマン)」だが、スペイン語では「caballero(カバイェーロ)」と言い、馬を操る「騎士」に由来する。「馬」という動物は、優雅さの象徴でもある。

 

先日、オールスターにダルビッシュ選手の通訳として参加させていただいた。20年間ヤンキースのスター選手として活躍し、今年引退するジーター選手のために開かれた球宴のようであり、それはクラブハウス内でも同じだった。オールスターに選ばれた選手の中でもジーター選手は別格で、オールスター選手たちがジーター選手にサインや写真を求めていたほどだ。どんな要望にも笑顔で応えるジーター選手を見て、ラテン選手たちは尊敬のまなざしを向けながら

 

Es el caballo

あいつは男(の中の男)だ

 

と言った。少し文法の話になって申し訳ないが、スペイン語で「un」は不定冠詞、「el」は定冠詞。つまり英語でいう「the」に当たる。ジーターは「ザ・男」と最高の敬意を表されたことになる。素晴らしい選手で、男気があり、そして優しい。ジーター選手は男女を問わず慕われる真のエル・カバーヨだった。

 

Beltre & Jeter

(レンジャーズのボス・ベルトレ選手とヤンキースのキャプテン・ジーター選手)

 

 

Team Chemistry

チームの和

 

 

「和」という言葉は訳すのが難しい。日米野球の相違を描いたロバート・ホワイティングの著書に「和を持って日本をなす」がある。著書名の英訳は「You gotta have WA」で、「和」は訳さず、ローマ字で「WA」と書かれている。しかし、野球で使われる「チームの和」に一番近い言葉は

 

chemistry

 

もしくは、 

 

team chemistry

 

ではないか。もちろん「化学」という意味だ。複数の物質を混ぜ合わせると、化学反応で融合していく様から派生して、「相性」「親和」という意味が生まれたのかもしれない。簡単に、「調和がとれている」と考えれば分かりやすい。

 

You gotta have WA

(ロバート・ホワイティング著「和を持って日本をなす」の英語版)

 

クラブハウスで長年働いているスタッフに問いかけたことがある。チームの和とはどうやって出来上がるものか、と。ベテランの活躍や、粋のいい若手の存在が必要なのか。ましてや人種が様々なメジャーで、「和」というものはどう出来上がるのか興味があった。しかしそのスタッフはこう答えた。

 

「Winning makes chemistry」

(勝ち続ければ、チームの和は勝手にできるよ)

 

言葉や文化の相違、多様性がどのチームにも存在するメジャーの世界。「和」というものは色々な要素によって出来あがるが、一番手っ取り早いのはこのスタッフが言うように沢山の白星かもしれない。

 

ちなみに、この言葉は恋愛関係や仕事の人間関係でも「相性」や

「馬が合う」として使われる。例えば:

 

She (he) seemed nice but there was no chemistry.

彼女(彼)は良さそうな人だったが、相性が合わなかった。

 

There was chemistry with my colleagues from the beginning. I knew it was going to work.

最初から同僚達と馬が合い、良い仕事関係が築けると思った。

 

 

Turn the page

気持ちを切り替える

 

 

試合中、選手がリセットボタンを押さなければならない状況は何度もある。そんな時、選手はこんなフレーズを使う。

 

You have to turn the page.

 

直訳すると「ページをめくらなくてはならない」、意訳すると「気持ちを切り換えなければならない」になる。過去の出来事に執着していては何も始まらないということだ。 打者の場合、4打数無安打の試合を後悔しても、翌日には新しい試合が待っている。ピッチャーの場合、ホームランを打たれて悔やんでいても次の打者がすでにバッターボックスの中に入っている。もちろん、私が担当するダルビッシュ投手も試合後の記者会見でこの言葉を使うことがあるが、訳す際に上記の英訳をよく使う。

 

この言葉は試合中だけでなく、野球人生の中でも言えるだろう。先日、トロント戦で相手のピッチャーはディッキー投手だった。周知の通り、彼はナックルボーラーだ。ナックル(限りなくボールの回転を抑えて不規則に変化しながら落ちる変化球)を投げる投手は、100年以上あるメジャー史を通しても25人ほどしかいない。近年ではボストン・レッドソックスにいたウェークフィールド投手の印象が強い。そして、2012年ナックルボーラーとして史上初めてサイ・ヤング賞を獲得した、このディッキー投手だ。なぜナックルボーラーが稀かと言えば、この球種を持続して投げる技術が非常に難しいのが理由の一つに挙げられる。

 

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もう一つの理由は、ナックルボール投手になるためにメジャーを目指しているピッチャーは皆無に近いからだ。投手としてメジャーで通用しなかった選手が野手に変わるケースはよくある。しかし、同じ投手として、それもナックルボーラーに転向してメジャーに残るのは至難の技だ。ディッキー投手の自伝「Wherever I Wind Up」を読んだ人は納得してくれると思う。あまり知られていない事実だが、彼は1996年テキサス・レンジャーズにドラフト一位で選ばれた選手だ。生まれつき右ひじの靭帯が一つないという異例な症状を克服し、メジャーでも投げていた。が限度があった。 引退、つまり「本を閉じる」ことも考えたが彼は思いきって「ページをめくる」決断をした。体力的にもメンタル的にも苦闘を続けた結果、2012年にナックルボーラーとして前代未聞の快挙を成し遂げた。

 

気持ちを切り替えるというのは安易なことではない。それを毎日のように成し遂げるメジャーの選手は、プロ中のプロと言える。

 

DickeyTEX

(レンジャーズ時代のディッキー投手)

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