Players Win Games, But Teams Win Championships

選手が勝ち取る一勝、チームで勝ち取る優勝

 

 

明日、ニューヨーク州、クーパーズタウンで野球殿堂の表彰式が行われる。人口1800人の街に、今年はなんと4万人がセレモニーのために来訪するという。殿堂入りするメンバーを見れば、それも納得がいく。選手では、ホワイトソックスの元主砲フランク・トーマス氏、ブレーブス黄金時代を支えた二人の元先発投手トム・グラビン氏とグレッグ・マダックス氏。監督では、ブレーブスの黄金時代を築いたボビー・コックス氏、アスレチックスやカージナルスでチームをワールドチャンピオンに導いたトニー・ラルーサ氏、そして常勝ヤンキースのブランドを作りあげたジョー・トーリ氏だ。

 

私がこの仕事をドジャースで始めた時、監督はトーリ氏だった。2008年、フロリダ州ベロビーチで最後の春のキャンプを迎えたドジャース。そこでの年頭の挨拶でトーリ氏は、こんな言葉を選手達に伝えた。

 

Players Win Games, But Teams Win Championships.

 

訳は上記の通りだ。試合は個々の選手の活躍で勝ち負けが決まることが多い。ヒット一本、ホームラン一本で決まる試合もたくさんある。投手が圧倒的なピッチングをし、チームに白星をもたらすこともある。しかし、長いシーズンを考えれば、「優勝」という最終ゴールにたどり着くにはチーム全体の貢献がない限り不可能だ、ということだ。

 

12年間ヤンキースの監督を務め、そのうち地区優勝を10回も果たした。6回ワールドシリーズで戦い、頂点に達したのは4回。そんな履歴を持つ監督がいう言葉は一つ一つに重みがあり、説得力があった。若手が多かったドジャースの選手達は監督の言葉を信じ、その年も翌年も地区優勝を果たした。

 

監督として名を揚げたため、現役時代の活躍が影を潜めてしまったが、60年代から70年代にかけて18年間プレーし、その半分の9回もオールスターに選出されている。1971年には最優秀選手賞も獲得しているほどだ。その年は打率.363という驚異的な数字を残している。この写真をご覧の通り、日米野球にも参加した。

 

Oh_Torre

 

一つ、トーリ氏に関する逸話を紹介したい。3年間ドジャースで一緒に仕事をさせていただいたが、数知れない会話は興味深く楽しかった。ある日、試合前の練習中にベンチで二人だけになった時のことだ。

 

「監督、今、このチームに将来監督になると思う選手はいますか?」と聞いてみた。少しフィールドを見回し、二人の名前を挙げた。そのうちの一人は、今年からタイガースの監督に就任したブラッド・オースマス氏だ。もう一人はまだ現役を続けている。もしその選手が将来監督になったら、トーリ氏の先見の明に脱帽する。

 

ほんの少しの期間だが、一緒に仕事ができたことは光栄である。野球殿堂入りを心から祝福したいと思う。

 

 

 

 

 

 

El Caballo

男の中の男

 

 

今回のブログでは、スペイン語の言葉を一つ紹介したいと思う。「Caballo(カバーヨ)」とはスペイン語で「馬」という意味だ。クラブハウスでラテン選手同士が挨拶を交わす時、

 

Hola, caballo!

 

とよく言う。直訳は「こんにちは、馬」となる。実はスペイン語の中で使う「馬」とは、男性が他の男性に対する敬意を表した言葉なのだ。特にメジャーの中で使われる「カバーヨ」は、皆からリスペクトされる選手を指す。長いイニングを投げる先発投手、ピンチをしのぐ中継ぎ投手、チャンスに強い打者、そして決定的なのはその選手の人間性だ。いくら素晴らしい選手でも人間的に尊敬されていなかったら、カバーヨのタイトルは獲得できない。

また、「馬力」がパワーを示すように、「馬」という言葉は「力」を連想させるため、パワーヒッターを指すこともある。他にも、「馬」は長時間走れることから、スタミナや持久力のある選手を表す時にも使う。英語では「stud」=「種馬」が同じような意味で使われる(もちろん女性から人気のある男性もだが)。

 

人から信用され、人望の高い人は

 

Es un caballo

あいつは男だ

 

と言われる。他にも、上品で教養のある「紳士」は、英語では「gentleman(ジェントルマン)」だが、スペイン語では「caballero(カバイェーロ)」と言い、馬を操る「騎士」に由来する。「馬」という動物は、優雅さの象徴でもある。

 

先日、オールスターにダルビッシュ選手の通訳として参加させていただいた。20年間ヤンキースのスター選手として活躍し、今年引退するジーター選手のために開かれた球宴のようであり、それはクラブハウス内でも同じだった。オールスターに選ばれた選手の中でもジーター選手は別格で、オールスター選手たちがジーター選手にサインや写真を求めていたほどだ。どんな要望にも笑顔で応えるジーター選手を見て、ラテン選手たちは尊敬のまなざしを向けながら

 

Es el caballo

あいつは男(の中の男)だ

 

と言った。少し文法の話になって申し訳ないが、スペイン語で「un」は不定冠詞、「el」は定冠詞。つまり英語でいう「the」に当たる。ジーターは「ザ・男」と最高の敬意を表されたことになる。素晴らしい選手で、男気があり、そして優しい。ジーター選手は男女を問わず慕われる真のエル・カバーヨだった。

 

Beltre & Jeter

(レンジャーズのボス・ベルトレ選手とヤンキースのキャプテン・ジーター選手)

 

 

Team Chemistry

チームの和

 

 

「和」という言葉は訳すのが難しい。日米野球の相違を描いたロバート・ホワイティングの著書に「和を持って日本をなす」がある。著書名の英訳は「You gotta have WA」で、「和」は訳さず、ローマ字で「WA」と書かれている。しかし、野球で使われる「チームの和」に一番近い言葉は

 

chemistry

 

もしくは、 

 

team chemistry

 

ではないか。もちろん「化学」という意味だ。複数の物質を混ぜ合わせると、化学反応で融合していく様から派生して、「相性」「親和」という意味が生まれたのかもしれない。簡単に、「調和がとれている」と考えれば分かりやすい。

 

You gotta have WA

(ロバート・ホワイティング著「和を持って日本をなす」の英語版)

 

クラブハウスで長年働いているスタッフに問いかけたことがある。チームの和とはどうやって出来上がるものか、と。ベテランの活躍や、粋のいい若手の存在が必要なのか。ましてや人種が様々なメジャーで、「和」というものはどう出来上がるのか興味があった。しかしそのスタッフはこう答えた。

 

「Winning makes chemistry」

(勝ち続ければ、チームの和は勝手にできるよ)

 

言葉や文化の相違、多様性がどのチームにも存在するメジャーの世界。「和」というものは色々な要素によって出来あがるが、一番手っ取り早いのはこのスタッフが言うように沢山の白星かもしれない。

 

ちなみに、この言葉は恋愛関係や仕事の人間関係でも「相性」や

「馬が合う」として使われる。例えば:

 

She (he) seemed nice but there was no chemistry.

彼女(彼)は良さそうな人だったが、相性が合わなかった。

 

There was chemistry with my colleagues from the beginning. I knew it was going to work.

最初から同僚達と馬が合い、良い仕事関係が築けると思った。

 

 

Turn the page

気持ちを切り替える

 

 

試合中、選手がリセットボタンを押さなければならない状況は何度もある。そんな時、選手はこんなフレーズを使う。

 

You have to turn the page.

 

直訳すると「ページをめくらなくてはならない」、意訳すると「気持ちを切り換えなければならない」になる。過去の出来事に執着していては何も始まらないということだ。 打者の場合、4打数無安打の試合を後悔しても、翌日には新しい試合が待っている。ピッチャーの場合、ホームランを打たれて悔やんでいても次の打者がすでにバッターボックスの中に入っている。もちろん、私が担当するダルビッシュ投手も試合後の記者会見でこの言葉を使うことがあるが、訳す際に上記の英訳をよく使う。

 

この言葉は試合中だけでなく、野球人生の中でも言えるだろう。先日、トロント戦で相手のピッチャーはディッキー投手だった。周知の通り、彼はナックルボーラーだ。ナックル(限りなくボールの回転を抑えて不規則に変化しながら落ちる変化球)を投げる投手は、100年以上あるメジャー史を通しても25人ほどしかいない。近年ではボストン・レッドソックスにいたウェークフィールド投手の印象が強い。そして、2012年ナックルボーラーとして史上初めてサイ・ヤング賞を獲得した、このディッキー投手だ。なぜナックルボーラーが稀かと言えば、この球種を持続して投げる技術が非常に難しいのが理由の一つに挙げられる。

 

43 R.A. DICKEY pen

 

もう一つの理由は、ナックルボール投手になるためにメジャーを目指しているピッチャーは皆無に近いからだ。投手としてメジャーで通用しなかった選手が野手に変わるケースはよくある。しかし、同じ投手として、それもナックルボーラーに転向してメジャーに残るのは至難の技だ。ディッキー投手の自伝「Wherever I Wind Up」を読んだ人は納得してくれると思う。あまり知られていない事実だが、彼は1996年テキサス・レンジャーズにドラフト一位で選ばれた選手だ。生まれつき右ひじの靭帯が一つないという異例な症状を克服し、メジャーでも投げていた。が限度があった。 引退、つまり「本を閉じる」ことも考えたが彼は思いきって「ページをめくる」決断をした。体力的にもメンタル的にも苦闘を続けた結果、2012年にナックルボーラーとして前代未聞の快挙を成し遂げた。

 

気持ちを切り替えるというのは安易なことではない。それを毎日のように成し遂げるメジャーの選手は、プロ中のプロと言える。

 

DickeyTEX

(レンジャーズ時代のディッキー投手)

You bent but didn’t snap!

お前は最後まで崩れなかった

 

 

レンジャーズのピッチングコーチはマイク・マダックス氏。彼の弟グレッグ・マダックス氏は、今年野球殿堂に入ることが決まった。私は運よく、彼の現役最後の年に2ヶ月程ロサンゼルス・ドジャースで一緒に働くことができた。

 

2008年8月の半ばに、ドジャースにトレードで入団したマダックス氏は当時42歳だった。ブレーブス時代、4年間連続でサイ・ヤング賞を獲得した実績の持ち主で、カーショー投手を含むその当時の若手投手にとって雲の上の存在だった。そして彼のアドバイスはいつもポジティブ思考だったことを思い出す。

 

ある試合で若手投手が降板し、マダックス氏がいたビデオ室に入ってきた。内容が悪く6回3点で降板を告げられ、若手は肩を落とし無言だった。6回3失点と言えば「クオリティースタート*」と言える。内容がどうであれ、マダックス氏は若手を励ました。

 

「You bent but didn’t snap」

 

「曲がったが、折れなかった」が直訳になる。台風の日、雨に降られ、風に吹かれながらも折れずに耐える木の枝を想像してもらいたい。マダックス氏は「ランナーも出し、点も取られたが、しっかりとゲームを作った」と若手を讃えた。

 

マダックス氏は現在テキサス・レンジャーズのスペシャル・アシスタントを務めている。春のキャンプで、ダルビッシュ投手を含む若手投手が、彼から貴重なアドバイスを受けていたのをよく目にした。時々通訳をかってでるが、彼のポジティブ思考は未だに現役のままだ。

*クオリティースタート:先発投手が6回以上を投げて自責点3以下に抑えた登板

 

写真:春のキャンプで若手を指導するグレッグ・マダックス氏

 

 

Ducks On The Pond

満塁

 

 

メジャー選手のオフシーズンの過ごし方は様々だ。若手は南米の冬季リーグでプレイする事が多いが、メジャーに定着している選手は骨休みにバハマ諸島やハワイへバケーションに行く。その他、色々な趣味を堪能するのもオフの醍醐味だ。ゴルフや釣りもあげられるが中西部、特に田舎に住む選手達はハンティングを楽しむ。レンジャーズの選手では、元広島カープのルイス投手、モアランド一塁手、ロス投手等がハンティングの話をクラブハウスでしているのをよく耳にする。

 

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(写真:コルビー・ルイス選手)

 

野球関係者の中にハンティングを趣味にしている人が多いからか定かではないが、メジャーの解説を聞いているとハンティングに関連した言い回しが使われている。昨夜聞いた例を紹介したい。

 

「Ducks on the pond」

 

「池の中にカモが沢山いる」が直訳だが、この場合「カモ」は「ランナー」の例え。つまり満塁の状況を表す。ハンティングの中でもカモは人気の鳥で、池に浮いているカモの群れとベース上にいるランナーをかけたものだ。例えば、「ノーアウト満塁、絶好のチャンスです!」というのは「Ducks on the pond with no outs. What a great opportunity!」となる。

 

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(写真:ミッチ・モアランド選手)

「Sitting duck」というのも聞いた事がある。直訳は「座っているカモ」になるが無防備の状態を表す。カモ猟で池に「座って」いるカモは完全無防備でハンターにとって格好の的だ。野球の場合、ボーッとしていた一塁走者がピッチャーからの牽制でタッチアウトされる時に使われる。刺されアウトになった走者は「dead duck」(死んだカモ)と呼ばれる。

Under His Wing

弟鳥の面倒を見る兄鳥

 

 

ベテラン選手の役目は色々あるが、一つは新人の面倒をみることだろう。故障者が続出しているレンジャーズは毎週のように新しい選手がマイナーから上がってくる。特に、初めてメジャーに上がってくる新人は右も左も分からない。マルティネス投手、オドール選手、サルディナス選手は、今年初めてメジャー昇格した。球団も気を遣って、マルティネス投手のロッカーをベテランクローザーのソリア投手の隣に置いた。オドール選手、サルディナス選手は二人とも内野手で、ベテランのアンドルス選手やベルトレ選手が食事に連れていったりする。

 

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(先日、通算2500安打を達成したベルトレ選手)

 

外野ではメジャー10年目の秋選手が、マルティン選手やチョイス選手の兄貴分になっている。先発投手部門では、やはりダルビッシュ投手。メジャーは3年目だが、抱負な経験を持っている彼にペレス投手やロス投手はアドバイスを求めてくる。後輩想いのダルビッシュ投手は、いつでも時間を割いて自分の体験談を語ったり、助言をしたりする。

 

このように後輩の面倒を見ることを、次のようなフレーズで表現する。

 

The veteran player took the rookies under his wing.

 

直訳すると「ベテラン選手はルーキー達を彼の羽の下においた」。親鳥が小鳥を守る姿から、この表現は生まれたのであろう。「庇護する」という意味にも使われる。メジャー歴17年超ベテランのベルトレ選手に、ドジャースに入団したルーキー時代には、誰が面倒をみてくれたか聞いてみた。懐かしい名前がでてきた。ラウール・モンデシー。モンデシー選手と言えば、野茂選手が新人賞を獲得した前年に同じ賞を獲得した選手。ロサンゼルス出身の私はリアルタイムでモンデシーを応援していた。年齢を感じるものだ。彼は今、故郷ドミニカのサンクリストバル市の市長をしている。

 

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(写真:1995年、このアーリントンで行われたオールスター戦に選ばれたドジャースの選手。左から野茂選手、モンデシー選手、ピアザ選手、キャロス選手)

 

ちなみに、私がこの世界に入った時、一番お世話になったのは齋藤隆選手(現東北楽天ゴールデンイーグルズ)だった。小学生でアメリカに来た私は、日本特有の縦社会の基となる中学校以上での先輩後輩関係を経験していない。特に、スポーツ界での先輩後輩の大切さは聞いていたが、体験したことはなかった。選手や他のスタッフへの接し方や言葉遣いなど、メジャーや日本の野球界のことをすべて、齋藤選手から教わった。いまだに私がこの世界にいられるのも、斎藤選手のお陰だ。

 

Sammy took me under his wing.

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Butterflies in the stomach?!

胃の中に蝶?!

 

 

レンジャーズは今季に入ってすでに22人が故障者リストに入っている。あまり誇れる記録ではないが、これはメジャーで一番多い。故障者がでるということは他の選手にチャンスが回ってくるということ。トリプルAにいるベテランが上がって来ることもあれば、メジャー未経験の新人も上がってくる。サルディナス選手、マルティネス選手、ロバートソン選手、オドール選手は今年初めてメジャーを経験した。試合後に記者に囲まれ、初メジャーの体験を聞かれる。その時によく選手が口にするのがこのフレーズだ。

 

I had butterflies in my stomach before the game.

 

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(マルティネス投手)

 

直訳すると「試合前はお腹の中に蝶々がいた」になる。これは「ドキドキして心配する」という意味で、何をしても落ち着かず緊張している状態を表す。小学生まで日本の田舎で育った私は「ちょうちょ」と言うと「童謡」「春」「森英恵」を連想する。お腹の中に蝶がいるという発想は出て来ない。文化が違えば表現も異なる。しかし、感覚的には分かる様な気がする。

 

体内にこういう感覚があるのは新人だけではないらしい。よくベテランの選手とも話をするが、試合前はいつもナーバスになるという。それと毎日葛藤しながら試合に挑むという。毎試合お腹の中で蝶がバタバタしながらプレーしているメジャー選手は、やはり非凡である。

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(左:サルディナス選手、右:オドール選手)

 

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(ロバートソン選手)

Gotta Have A Thick Skin!

タフになれ!

 

秋信守。ハングルで추신수。英語では「Shin Soo Choo (シン・スー・チュー)」と呼ばれている。オフに7年という大型契約を交わし、レンジャーズに今年入団した。出塁率4割以上を誇る不動のリードオフヒッター。背番号17、左翼手。

 

チームメートから「チューチュー」と呼ばれ親しまれているレンジャーズのトップバッター秋信守選手。メジャー暦10年、32歳のベテランは多くは語らないが、若手の選手達に慕われている。球団もマルティン選手やチョイス選手ら若手外野手に、秋選手をお手本にするよう指事を出している程。ひたむきな姿勢を崩さず、ストイックにトレーニングに取り組む彼は誰よりも早く球場入りする。

 

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韓国から高卒で渡米し、過酷なマイナー生活を5年も続け、メジャーの座を獲得した彼は人一倍苦労してきた。そんな彼のマイナー時代の話を聞きながら、以前ある人から聞いたフレーズを思い出した。

 

You’ve got to have a thick skin to play this game.

 

意訳すれば「タフでないと野球はできない」。この「タフ」というのは体力的な事でなく、精神面を指す。「thick skin」とは「厚い皮膚」。秋選手のように言葉も話せず、異国の地、それもマイナーという過酷な環境での体験は想像を絶する。言葉、文化、そして野球のハードルを克服するためには、細かいことを気にせず鎧のようなタフな皮膚を持ち、外部からの攻撃を跳ね返す位の力を持たねば、メジャーまで上がることは無理ということだろう。

 

この言葉は、以前60年代にドジャースでプレーしたモーリー・ウィルスという黒人選手と話した時に聞いた言葉だ。初の黒人プレーヤー、ジャッキー・ロビンソンがメジャーの人種の壁を破ったのは1947年。10年以上経った60年代だが、黒人は選挙権もまだ与えられていなかった。その当時の黒人プレーヤーはファンや相手チームだけでなく、チームメートからも差別を受けていた。そんな状況で野球に集中するのは至難の技だったであろう。

 

秋選手の苦労は60年代の黒人選手のそれに及ばないにしても、マイノリティー(少数派)が体験する苦労は古今東西過酷なものだ。彼を見ればわかるが、鎧を着ている様な体格をしている。今まで鍛え上げた精神力と筋力に覆われている。そんな秋選手だが、今は野球に恩返しをしたいと、地元テキサスや母国・韓国の子供達にボランティアで野球教室をしたいと積極的だ。機会があれば日本の子供達とも野球を通して触れ合う機会を作りたいと話している。

 

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ケンタッキーの農場で始まった親子野球物語

文: T.R. Sullivan / MLB.com

訳:二村健次

 

1974年、チャック・ロス氏はブリューワーズにドラフト2位で選ばれた。出身校はケンタッキー州のテート・クリーク高校。有望キャッチャーとしてスカウトの目を引いた。しかし、後にオリオールズにトレードされ、一度もメジャーのフィールドに立つことなく、引退を決意した。

「オリオールズの春キャンプでいい成績を残したのにも関わらず、父はマイナーに落とされました」。レンジャーズの中継ぎ投手ロビー・ロス選手は、そう父親のことを語った。

野球を諦めたロス氏はケンタッキーに戻り、農場の仕事をしながらリモデルの事業を興した。そして、果たせなかったメジャーの夢を託すかのように、息子達に野球を教えた。4人いる息子の中でも、左腕の長男ロビーに期待を持った。

「父は小さい頃から15歳になるまで、コーチをしてくれました」

ケンタッキー州レキシントン市郊外にある人口2万8千人のニコラスビルという小さな農業の町で、ロビーは育った。ケンタッキーといえば競馬でも有名だが、競走馬はこの地域で生まれ、育てられる。その他、ワインの産地としても知られている。一家はそこで約13ヘクタールもある農場を経営しており、その広い土地でロス親子は野球に明け暮れた。

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ロビーは昔を振り返りながら言う。「球を受けてほしいと思った時は、必ず父が『俺が受けてやる』と言ってくれました。でも、長くかがんだ体勢でいるのは無理だったので、辛くなるとバケツを持ってきて、その上に座って一日中受けてくれました」。

ロビーは父を尊敬して止まない。「父は神の教えの通り人生を歩んできました。自分の欲に走るのではなく、いつも神の教示に従って生きてきました。諦める姿勢は絶対に見せず、家族のために働いてきた。しかし、子供と過ごす時間は欠かすことは一度もありませんでした」。今でもオフになると、親子は共に長い時間を過ごす。ハンティングにも一緒に行く仲だ。

ロス親子は同姓同名だ。2人ともロバート・チャールズ・ロス。今年の春キャンプから、ロビーは父親を讃えるため「Jr」を苗字の後に付けた。同じ名前を持っていても、自分はジュニア、父親はシニアと区別を付けたかった。それは自分を育ててくれ、野球を教えてくれた父親を尊敬している象徴になる。敬虔なキリスト教徒のロス氏は、息子のロビーをキリスト教系の私立高校に通わせた。そこでロビーは今の奥さん、ブリトニー夫人に出会った。小さな高校の野球部だったが、彼の才能はスカウトの目を引いた。ケッタッキー大学からも奨学金の話があったが、2008年のドラフトでレンジャーズに2巡目に指名され、プロの道を選んだ。

プロに入ってからも、オフになるとロス氏は息子の投げる球を受けていたが、段々プロらしい球筋になってきたボールを受けるには限界がきた。「あれだけ力強く投げられたら、もう無理だよ」とロス氏は言う。バケツに座って球を受け続けたロス氏は、息子の成長ぶりに目を細めた。

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