9月 2014

Rise to the occasion

デレク・ジーター

ヤンキースの柱として20年間活躍してきたジーター選手があとニ日で現役を引退する。この一週間、スポーツチャンネルは彼の特集で大忙しだ。どの特集を見ても、何度も繰り返される言葉がある。この言葉だ。

He always rose to the occasion.

調べたところ、訳は「機に臨んで成すべき事を立派にやる」と書かれていた。 プレーオフでの決定的なタイムリーヒット。3000本安打を飾ったホームラン。そして昨夜ヤンキースタジアムフィナーレでの劇的サヨナラヒット。「ここぞと言う時に信じられない仕事をする」という訳もできる。

ニュースや特集を見れば、彼のフィールド上での功績は一目瞭然だが、今回はフィールド外での彼の逸話を紹介したい。

2012年、私は黒田選手についてヤンキースで一年間仕事をすることができた。ジーター選手に初めて会った時のことは良く覚えている。彼はスーパースターのオーラで人に威圧感を与えるのではなく、ヤンキースという家に親戚を迎えるように応じてくれた。久しぶりに馴染みのある誰かと会うような挨拶だった。

Jeter

(7月、レンジャーズからカウボーイブーツを贈呈されたジーター選手。右は元レンジャーズ、イバン・ロドリゲス氏。左は元レンジャーズ、マイケル・ヤング氏)

お互いに世間話もできるようになったシーズンのある日、彼から「次の休日はどうするんだ」と聞かれた。この「休日」とは、直後に控えていた遠征で(ロサンゼルス近郊の)アナハイム3連戦とデトロイト3連戦の間に予定されていた休日のことだ。チームは、アナハイム戦が終ったその日にデトロイトへ飛び、そこで休日を迎えることになっていた。もちろん、私もチームに同行するつもりでいたので、ジーター選手にそう伝えると、「ケンジは家族がロスにいるんだろう。もう一日家族と過ごしたらどうだ」と言う。「チームの方針に従わなければならないし、航空券を買う余裕はないよ」と苦笑いすると、「俺がチームに話してやるし、プライベートジェットを出すから、一緒に行けばいいよ」と言い残して、グローブとバットをかつぐと、クラブハウスを後にしてフィールドへ向かっていった。

かくして、私は家族と一日余分に過ごすことができ、翌日の夕方、ジーター選手と一緒にデトロイトへ飛んだ。単身赴任者にとって、シーズン中に家族と過ごせる一日の価値はとてつもなく大きい。さりげない彼の思いやりに感無量だった。

またもや私事の話になってしまったが、彼が数字以上の存在感を持つエピソードを紹介しておきたかった。冒頭の言葉の通り、ジーター選手は信じられないことをさりげなくなしとげる選手だった。引退後もそんな人でいてほしい。

The difference between the impossible and the possible lies in a man’s determination

物事を不可能から可能にする要素は人間の熱意の中に潜んでいる

ダルビッシュ投手が60日間の故障者リストに入り、ロスター枠が一人分空いた。代わりにマイナーからルーキーが上がってくるという。それも31歳のルーキーだ。マイナー暦14年というウィルダー・ロドリゲス(Guilder Rodriguez)選手だった。レンジャーズ史上、ロドリゲス選手より年上のルーキーは二人いたという。いずれも福森和男選手と建山義紀選手(現阪神タイガース)という日本でプロを経験した二人だ。

彼がメジャーへ上がってきたニュースを聞いたとき、ラソーダ氏の言葉を思い出した。

The difference between the impossible and the possible lies in a man’s determination.

訳は上記の通りだ。「determination」とは「決意」「確信」とも訳されるが、この場合は「熱意」あるいは「情熱」の方が近い様な気がする。ラソーダ氏は野茂選手がドジャースに入団した時の監督である。「俺の体内にはドジャーブルーの血が流れている」と名言を残し、根っからのドジャース人間で情熱的な性格の持ち主だったことも知られている。

Guilder Rodriguez

(試合前、バットを確かめるロドリゲス選手)

新人ロドリゲス選手はメジャー行きがマイナーの監督から告げられた時、涙が止まらなかったという。平均して5年間マイナーで過ごし、メジャーに上がれなければ選手は引退を決断すると言われる。マイナーという過酷な環境で14年続けてきたロドリゲスに脱帽する。ロドリゲス選手本人は、自分より若い選手が次から次へとメジャーへ上がっていく辛い光景を何度目にしたことだろうか。5月にメジャーデビューした20歳のオドール選手はマイナーで、ロドリゲス選手に大変お世話になったという。お兄さんの様な存在で、色々手助けしてくれたという。自分より年下の選手が下から上がって来たら世話をし、彼等がメジャーに上がって行く時は祝福する。それが何回繰り返されただろう。

それでもメジャーの舞台でプレーできる夢を追い続けた。そしてついにその熱意は報いられる日がきた。9月9日に晴れてメジャーデビュー。彼にとって、この日は一生忘れられないだろう。

Rodriguez 09:09:14

There Is No Crying In Baseball

野球に涙は禁物

 

 

ワシントン監督が先日選手とスタッフに別れの挨拶をし、球場を去った。唐突な出来事で皆どう対応すればよいのか戸惑っていた。寝ても覚めても野球というワッシュ(監督のニックネーム)が、一時的にしてもこの世界から離れるというのは、さぞつらい決断だったと察する。早く戻ってきてほしいと思う一心である。

 

このブログを始めた3ヶ月前、監督について書いたものが一つあった。けが人が続出するにも関わらず、彼はいつでもポジティブ思考でワッシュスマイルを忘れなかった、というエピソードだ。そのブログをアップした三日後、私は監督室に呼ばれた。普段監督とはベンチで雑談をする機会が多かったので、改まって監督室に呼ばれた時、なにか不正を起こしたのかと不安を隠せなかった。いつも開いている監督室のドアを恐る恐るノックし、「お呼びですか?」と聞くと、「ドアを閉めてくれ」という。ドアを閉めながら、過去一週間の自分の行いを振り返った。監督が座っている向かえのソファに座るようジェスチャーされ、その通りにした。そして監督が一言、

 

There is no crying in baseball.

 

と切り出した。「野球に涙は禁物。というが、ケンジのブログを読んで涙腺がゆるんだ… 感謝している」と言われた。私と監督の共通の知人がブログを英訳して監督に送ったそうだ。今までの不安が一気に解け、嬉しさのあまり鳥肌が立った。ワールドシリーズに二回もチームを導いた名監督から、感謝されるのは感無量であった。一人でも理解者がいると分かると嬉しくなり感謝の気持ちを伝えたかった、と言う。しかし、監督が一通訳のブログで涙腺がゆるむとは、このシーズンは監督にとってそうとうタフなのだろうと同情した。

 

善し悪し問わず思ったことを率直に言う監督が、「個人的な問題」という理由で別れを告げているつらそうな姿を見て、自分の涙腺がゆるんできた。

 

There is no crying in baseball.

 

Wash & GP

(いつも笑顔が絶えなかったワシントン監督。左はペティス三塁コーチ)

Crickets!

まったくだめだった!

 

 

こんな場面を想像してもらいたい。お笑い芸人がウケをねらったが、すべってしまい、会場は静けさに包まれる。聞こえるのは鈴虫の鳴き声だけ。「Crickets」とはこの「鈴虫」のことを指す。

 

5月、ダルビッシュ投手がもう少しで完全試合を達成した試合後、相手チームの打者と廊下ですれ違った。私は彼と交流があるが、本人の名誉のために名前は伏せておく。彼はダルビッシュ投手に対し4打数無安打3三振で、まったく歯が立たなかった。廊下ですれ違うなり、「お手上げだ」とでもいうように両手を上げて一言、

 

Crickets!

 

と言って苦笑いをした。これはお笑い芸人が「すべった」のと同じ様に、彼はなにも「結果をだせなかった」という意味を「鈴虫」で表現している。これはもちろん野球だけでなく、一般の会話でもよく耳にする。ビジネスミーティングで自分の提案が通らなかった場合。デートでキスができなかった場合。宝くじをたくさん買って、一つも当たらなかった場合。どれにも当てはまる。しかし、これは俗語なので、公式の場で使うのは避けていただきたい。

 

Darvish 09:05:14

(5月ボストン戦で好投を見せたダルビッシュ投手)